京扇子の名店「扇や 半げしょう」で楽しむ『投扇興体験』
投扇興(とうせんきょう)とは、木箱の上に立てた“的”をめがけて扇子を投げ、扇子・的の落ちた形と木箱との位置関係によって点数を競う雅な遊びのこと。「初音(はつね)」、「箒木(ははきぎ)」など、源氏54帖に見立てた名前と点数にもとづき採点される。江戸時代の終わり頃には、お公家さんだけでなく、「“桐壷”が出たら、お酒1杯!」とか「“若紫”と“東屋”が出たら、1杯免除!」というように、庶民のあいだでも、賭け事的な遊びとしてたいへん流行したのだそうだ。
「投扇興体験するなら、あそこがオススメですよ」と地元の方に聞き、早速、うかがってみることにした。今回訪れたのは、花街のひとつ、宮川町の一角にある「扇や 半げしょう」。こちらは、京扇子の老舗店である。芥子(からし)色の暖簾をくぐると、一階は、飾扇・舞扇・オリジナル扇子などを扱う店舗になっていて、紅殻格子(べんがらごうし)から射しこむ光が、色とりどりの扇子たちを照らし、店内を虹色に染めて、ほんとうに綺麗。
投扇興は、こちらの二階にあるお座敷で体験できる。京町屋風のお茶屋さんを改装したという建物の中は、お引きずり姿の舞妓さんたちが今すぐにも現れてきそうなほどに、その趣を残している。
今回、指導してくださったのは、「扇や 半げしょう」の吉尾佳世子さん。「投扇興の点数を決める図式には、源氏物語と小倉百人一首。このふたつから名前がついたものが主流でありましたけど、うちでは源氏物語の名前がついたのを分かりやすくまとめています」。54帖ある中から、初めての方も、経験のある方も楽しめるように、と工夫して作られたのが、「扇や 半げしょう」オリジナルの点数表だ。
冒頭でも少し触れたように、基本は、枕(木箱)・的・扇子の位置によって判定する。たとえば、こちらは「浮舟(うきふね)」、二十点。扇子の表裏に関係なく、落ちた扇子の上に的が立つ形になっている場合をいう。
吉尾さんいわく、一番良く出るのは、三点の「花散里(はなちるさと)」。木箱、扇子、的の配置を、花が咲き終わり、散ったあとの形になぞらえている形である。高得点の中では出やすいひとつだという「澪標(みおつくし)」は、扇子を投げて的が落ちたあと、また扇子が木箱の上に舞い降りるような位置関係を描く場合をいう。ネーミングの裏にある「物語」を知るだけでも楽しくなってくる。
ちなみに、こちらでは、扇子が当たるが的は落ちない「ゆらり」や、的には当たらず木箱に扇子があたる「こつん」など、昔からの投扇興にはないが、「あったら面白いな」と独自に付け足された点数もある。ちなみに、「こつん」はマイナス二点。これが出ると「我、負けじ!」とゲームは白熱するのだそうだ。
バーチャルよりリアル。 投扇興は、めちゃくちゃ面白い
次は、いよいよ実践。「こちらをどうぞ」と吉尾さんが差し出してくださったのは、小さな銀紙の輪っかの付いた、目新しい扇子だ。破らないようにと、輪っかをそっと外したはいいが、開こうとするも、扇子はなかなか開いてくれない。力んでいると、「最初はちょっと硬いんですよ」と、吉尾さん。力むのをやめて優しく開いてみたが、結局、いただいたものをお返しする形となり、吉尾さんに開いてもらうのだった。
大会など、より競技的な意味合いで行われる投扇興の場合、的から1メートル60センチ離れて投げるなどのルールがあるそうだが、「扇や 半げしょう」ではあくまで“遊び”としての投扇興が楽しめる場を提供している。的までの距離は、閉じた扇の長さ四つ分。およそ7~80センチくらい。対戦する二人は向き合って正座し、1ゲームにつき各10回ずつ交互に投げる。先ほどの得点表に基づき、採点していくという流れだ。
扇子の準備ができると、また別の扇子が渡される。両者、これを手前に置き、「よろしくお願いします」とごあいさつを交わす。扇子には『結界』の意味があり、結婚式やお茶席でも見られるように、前に扇子を置くことは、「相手の方より一段下がって、ご挨拶します」という心を表す所作になる。
次に“お扇子ジャンケン”で先手、後手を決める。扇子を閉じたままだと「グー」、少し広げると「チョキ」、大きく広げると「パー」。扇子を持った手を背中に隠し、「ジャンケンポン!」の掛け声で、前に出す。勝った方から始めるのだが、あいにく私は、ひとり対戦。この時点でまだ一投もしていなかったが、「よし、次回のための練習だ」と意気込んで、吉尾さんに教えを乞うた。
扇子の持ち方と投げ方について、説明しながらひょいっと投げ、的に当て続ける吉尾さんをみていると、「思ったより簡単そう!」と嬉しくなったが、やってみると、これがてんでうまくいかない。まず、扇子がちゃんと持てないのだ。「扇子を広げていただいて、人差し指の先が、真ん中の要(かなめ)、白いポッチに引っかかるような感じで乗せてみてください。そのまま親指をまっすぐ立てて…」と説明どおりに持ってみても、すぐに手から落ちてしまう。親指と人差し指でピストルのような形をつくり、そこに扇子をちょんと乗せるのだが、驚くほど不安定なポジションで、力が自然と入る。それでも何度か繰り返しているうちに、だんだん慣れてきたのか、ぐらつきながらも持てるようにはなった。
投げる時は、「胸のあたりで構えて、前に少し下げて持ち、的の足元あたりをめがけてスーッと…」がポイントだそう。ここでも力は要らないという。「紙飛行機を飛ばすように腕を前にまっすぐ伸ばす、このイメージでやってみるといいです」。吉尾さんの見守る中、第一投を投げた。なんと当たった!的が扇の下に隠れる「夕霧」、5点である。初めての体験、記念すべき瞬間、しかし、これはまぐれの快進撃。その後は空振りばかりが続いた。
「扇子は要のほうが重たいので、自然に廻りながら飛んでいくんですね。飛ばしたいと思って、扇子を離す瞬間に力を入れると浮いたり、手首に力を入れたりすると、手間でボトンって落ちたりするんです。特に、親指の力は抜いてみてください」。
どこまでも力を抜くことが、投扇興を楽しむコツのようだ。手の動きだけ練習してみたり、その後、数回はずしたあと、やっとのことで、チリン。的に付いた鈴が鳴った。先にも出てきた「花散里(はなちるさと)」、3点。続けて「夕霧」、5点。この日の総得点は、13点。最高得点の「夢浮橋(ゆめのうきばし)」が百点ということから、どれだけ好成績だったかはご察しいただけるかと思うが、いつの間にやら、この遊びに興じている自分がいた。
1時間と少しのあいだ、私の視界にあったのは、緋毛氈の紅と、的だけ。もっと投げたい、違う形で当ててみたいということだけ考えていた。インターネットやスマートフォンで手軽にできるゲームもいいが、投扇興には勝ち負けだけでなく、優美な情緒がある。遊びを終えた後、タイムスリップして現実に戻ってきたように感じるほどだった。
吉尾さんによると、2人なら、1時間で4ゲームは楽しめるそうだ。人数が増えても、同じ時間でひとり2~3ゲームくらいはできるという。ちなみにこちらでは、宮川町の舞妓さんと一緒に投扇興体験できるオプションもある。遊びの前に、目の前で舞を鑑賞したり、お話できるという贅沢な内容だ。年に1度、自分へのご褒美として、毎年来られる方もあるという。ともあれ、老若男女、存分に楽しめるこの遊び、ぜひ一度体験してみては?
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扇や 半げしょう
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